
リーダーとして日々の意思決定に直面する中で、どのように最善の判断を下すべきか迷うことはないでしょうか。
ビジネスの現場では、魅力的なチャンスの裏に潜むリスクを見落としてしまったり、逆に問題点ばかりに目がいって身動きが取れなくなったりすることが頻繁に発生します。
そのような複雑な状況下における課題解決のヒントとなるのが、中国の古典である兵法書に記された思考法です。
本記事では、多角的な視野を持ち、組織を正しい方向へ導くための具体的なアプローチについて詳しく解説します。
客観的でバランスの取れた思考プロセスを身につけることで、予測困難な時代においても、より確実で納得のいく意思決定ができるようになるはずです。
意思決定においてはプラスとマイナスの両面を総合的に検討することが重要です

「233.智者の慮は必ず利害を雑(まじ)う :賢いリーダーの思考は、常にメリットとデメリットの両面を同時に考慮する。」という言葉は、中国の兵法書『孫子』の「九変篇」に由来する教えです。
この言葉が意味しているのは、賢明な人物が物事を考える際には、必ず利益と損害の両面を掛け合わせて総合的に検討するということです。
私たちが何らかの決断を下すとき、得られる利益だけに目を奪われて突っ走ってしまうと、足元をすくわれる可能性があります。
一方で、発生するかもしれない損害やリスクばかりを恐れていると、せっかくのチャンスを逃してしまうことにもなりかねません。
どの選択肢にも必ずプラスとマイナスの側面が存在することを認識し、それらをセットで評価することが、リーダーに求められる「智者の思考法」であるとされています。
現代のビジネス環境においても、この「利害を雑う(まじえる)」という両面思考は、経営戦略の策定やリスクマネジメントの根幹をなす非常に重要な考え方だと言えます。
なぜ利害の両面から考えることが求められるのか

物事を一つの側面からだけでなく、多角的に捉えることがなぜそれほど重要視されるのでしょうか。
その背景には、人間の認知の偏りを防ぎ、どのような状況でも対応できる柔軟性を保つという目的があります。
ここでは、利害の両面から考えることが求められる具体的な理由について、いくつかの視点から解説します。
利益の裏にあるリスクを確実に把握するため
新規プロジェクトの立ち上げや大型投資など、一見すると大きな利益が見込める魅力的な事案であっても、そこには必ず何らかのコストや見えないリスクが潜んでいます。
リターンが大きいほど、それに伴うリスクも大きくなるのが一般的な原則です。
成功確率を高めるための「利に雑えて務めは信なる可き」
『孫子』の原文には、「利のある事には害の面もまじえて考えるから、仕事は順調に進んで成功する」と記されています。
利益の側面だけを見て行動を起こすと、想定外のトラブルが発生した際に適切な対応ができず、結果的に甚大な損害を被るリスクが高まります。
事前に考え得るリスクを徹底的に洗い出し、最悪のシナリオを想定して対策を講じておくことで、初めて仕事は滞りなく遂行できると考えられます。
これは現代のリスクマネジメントの基本であり、不確実性の高い事業を成功に導くための必須条件と言えます。
困難の中にあるチャンスを見出して解決につなげるため
一方で、ビジネスの現場では常に順風満帆とはいかず、予期せぬトラブルや損失に直面することも少なくありません。
そのような逆境において、どのような思考を持てるかがリーダーの真価を問われる場面です。
課題解決につながる「害に雑えて患は解く可き」
同じく『孫子』には、「害のあることには利の面もまじえて考えるから、心配事は解決することができる」という教えが含まれています。
悪い出来事に直面した際、ただ悲観的になって立ち止まるのではなく、その中にある肯定的な側面を見つける努力が求められます。
「この失敗から何を学べるか」「どのような業務改善のきっかけになるか」という利の視点で捉え直すことで、漠然とした不安を具体的な解決策へと転換させることが可能になります。
このように、不利な状況を積極的に利に転じる洞察力を持つことが、困難を乗り越える鍵となります。
トータル思考と客観的な視野が判断の誤りを防ぐため
人間には、自分の考えや立場にとって都合の良い情報だけを無意識に集めてしまう「確証バイアス」や、未来の状況を過大評価してしまう「楽観バイアス」など、さまざまな心理的な偏りが存在します。
これらのバイアスに囚われたまま意思決定を行うと、重大な判断ミスを引き起こす原因となります。
物事を「良いか悪いか」の白黒思考で捉えるのではなく、全体像を俯瞰する「トータル思考」を取り入れることが有効です。
意図的にメリットとデメリットの双方をテーブルに並べ、客観的に評価するプロセスを経ることで、感情論や偏見を排除し、より合理的で精度の高い判断を下すことができるとされています。
また、チーム全体で利害を共有することにより、メンバーそれぞれが異なる専門性からリスク評価を行えるため、プロジェクトの透明性と成功確度が高まります。
ビジネス現場における「利害を雑う」思考の3つの具体例
ここでは、「233.智者の慮は必ず利害を雑(まじ)う :賢いリーダーの思考は、常にメリットとデメリットの両面を同時に考慮する。」という教えを、現代のビジネスシーンにどのように応用できるのか、具体的なケースを通じてご紹介します。
新規事業への参入における総合的なリスクマネジメント
企業が新しい市場に参入したり、新商品を開発したりする際、社内では予想される売上の増加やシェア拡大といった「利」の側面に注目が集まりがちです。
しかし、判断を誤らないリーダーは、以下のように「害」の可能性も同時に検討します。
- 莫大な初期投資が回収できない場合の財務的リスク
- 既存事業からリソースを割くことによる、既存顧客へのサービス低下
- 競合他社からの激しい反発や、価格競争に巻き込まれる可能性
- 万が一失敗した際の、企業ブランドや信頼性の毀損
これらのメリットとデメリットを同時に比較検討し、明確な撤退ラインや代替案を事前に設定しておくことで、初めて堅実で持続可能な戦略を立てることができます。
例えば、デジタル変革(DX)の推進を検討するケースでも同様です。
業務効率化という圧倒的な「利」が存在しますが、一方でシステムの導入コストや一時的な業務の混乱といった「害」も避けられません。
これらを両立させるための段階的な導入計画は、利害を交える思考から生まれます。
クレーム対応やトラブル発生時の関係強化の機会
顧客からの厳しいクレームや、大規模なシステム障害といった問題が発生した場合、通常は企業にとって避けるべき「害」として受け止められます。
しかし、これを単なる損失として終わらせるのではなく、次のような「利」の視点で捉え直すことが可能です。
- 顧客の潜在的な不満や真のニーズを直接把握できる貴重な機会
- これまで見過ごされていた業務フローの欠陥を根本から見直すきっかけ
- 迅速かつ誠実な対応を行うことで、かえって顧客からの強い信頼を獲得できるチャンス
「雨降って地固まる」ということわざがあるように、ピンチをチャンスに変える発想の転換が、組織をより強靭に育てていくと考えられます。
組織マネジメントやキャリア選択における客観的判断
個人のキャリア形成や、日々の組織マネジメントにおいても、この両面思考は非常に有効に機能します。
例えば、年収アップや役職の向上という魅力的な「利」がある転職や昇進のオファーを受けた際にも、冷静な分析が必要です。
新しい職場での精神的なプレッシャーや、プライベートな時間の減少といった「害」の側面も考慮し、自身のライフステージに合っているかを判断することが求められます。
また、リーダーが部下の適性を評価する際にも、能力の不足している部分(害)ばかりに目を向けるべきではありません。
その制約や短所を、「特定の環境下ではどのような強み(利)として活かせるか」を考える洞察力が、人材育成において重要な意味を持ちます。
自己啓発においてスキルアップを目指す際も同様に、時間と費用というコストに対して、本当に投資する価値があるのかを総合的に評価することが、中長期的な成功につながります。
多角的な視点が賢明なリーダーシップを支えます
「233.智者の慮は必ず利害を雑(まじ)う :賢いリーダーの思考は、常にメリットとデメリットの両面を同時に考慮する。」という古典の教えは、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれる現代において、より一層その価値を高めていると考えられます。
物事の表面的な一面だけを見て性急に判断を下すのではなく、常にプラスとマイナスをセットで評価する習慣が、意思決定の質を飛躍的に向上させます。
リスクを適切に見積もりながらも挑戦する機会を逃さず、困難な状況下でも冷静に解決の糸口を見出せる人材こそが、これからの社会で真に求められる賢明なリーダーと言えるでしょう。
また、このような両面思考を持つリーダーは、周囲からの信頼も厚くなります。
都合の良いことばかりを並べ立てるのではなく、懸念事項も包み隠さず共有する誠実な姿勢が、組織内の心理的安全性を高め、ステークホルダーとの強固な関係性を築く基盤となるからです。
今日から両面思考を取り入れて確かな一歩を踏み出しましょう
日常の業務や人生において、何か重要な決断を迫られた際には、一度深く深呼吸をして「利と害の両面」を紙に書き出してみてはいかがでしょうか。
魅力的なメリットばかりが見えて気分が高揚している時は、あえて隠れたデメリットを探してみる。
逆に、問題点ばかりが目について気分が落ち込んでいる時は、その状況がもたらす隠れたメリットを探してみる。
このように意識的に視点を切り替えるトレーニングを行うことで、思考の幅は驚くほど広がっていきます。
何千年も前から受け継がれてきたこの普遍的な教えを、ぜひご自身のマネジメントやキャリアの選択肢に活かしてみてください。
多角的な視野を持つことで、どのような複雑な状況においても、冷静かつ的確な一歩を踏み出すことができるはずです。