
かつての成功体験や固定化されたマニュアルが通用しにくくなり、柔軟な対応力が求められる中で、有効な指針を探している方も多いと思われます。
本記事では、古代中国の兵法書『孫子』にある教えを通じて、状況に応じて自在に変化する戦略の重要性を詳しく解説いたします。
この記事をお読みいただくことで、環境の変化に強い組織づくりや、競合との戦いを有利に進めるための具体的なヒントを得ることが可能です。
目次−
固定化された型を手放し、環境に適応する姿勢が不可欠です

その根拠となるのが、中国の古典『孫子』虚実篇の結びに記されている教えです。
孫子は、「軍の構えは水を手本にすべきである」と説いているとされています。
水は、注がれる器の形に合わせて自らの形を変え、高いところを避けて低いところへと自然に流れていきます。
これをビジネスに置き換えると、自社の戦略も市場という「器」や、業界構造という「地形」に合わせて、最適な形へと変化させる必要があると考えられます。
もし、かつての成功体験に固執し、「このやり方が正解である」と思い込んでしまうと、変化の波に取り残されてしまう可能性があります。
環境を注意深く観察し、相手の状況に合わせて柔軟に戦法を変えることこそが、長期的に生き残り、勝ち続けるための原理原則であるとされています。
状況に応じた柔軟な戦略が勝利をもたらす理由を紐解きます

ここでは、孫子が説いた本質的な理由を、現代のビジネス課題と照らし合わせながら3つの観点から詳しく解説します。
不変の戦法は存在しないとする「無常勢」「無常形」の考え方
孫子は、「故兵無常勢、水無常形(故に兵に常勢なく、水に常形なし)」と表現しています。これは、軍隊には一定不変の勢いはなく、水に決まった形がないように、戦術にも固定した形はあり得ないという意味だとされています。
ビジネスの世界においても、一度成功を収めたビジネスモデルが、5年後や10年後にも通用する保証はありません。
とくに近年は、VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と呼ばれる時代であり、顧客のニーズや技術の進歩、法規制の変化など、企業を取り巻く環境は常に激しく変動しています。
そのため、過去の成功事例を教条化してしまう組織は、時代の変化に適応できず、衰退していくリスクが高いと思われます。
対照的に、常に現状を観察し直し、前提を疑いながら戦略を更新し続ける企業こそが、持続的な成長を実現できると考えられます。
強い部分を避け、弱い部分を突く「避實而撃虚」の原則
水が高いところを避けて低いところへ流れるように、孫子は「軍の形は実を避けて虚を撃つ」べきだと説いています。ここで言う「実」とは、敵の兵力が充実して守りが固い部分を指し、「虚」とは手薄で準備不足な弱点を意味します。
この原則は、現代の企業間競争にもそのまま当てはまります。
競合他社が強大な資本を投じて圧倒的なシェアを握っている領域(実)において、真正面から戦いを挑むことは、非常に消耗が激しく、得策ではないと考えられます。
むしろ、競合が見落としているニッチな市場や、顧客の不満が解消されていない空白地帯(虚)を見つけ出し、そこに自社のリソースを集中させることが推奨されます。
水が抵抗の少ない方向へと自然に流れるように、ビジネスにおいても最も抵抗が少なく、勝算の高い領域を見極める視点が重要です。
「柔軟さ」は戦略を熟知した上での臨機応変な対応であること
水のように形を変えるという教えは、決して「何でもありの場当たり主義」を肯定するものではありません。孫子は、地形や敵の状況を徹底的に分析し、戦略戦術の原理原則を熟知した上で、初めて臨機応変な采配が可能になると説いているとされています。
ビジネスにおいても同様に、無計画に方針をコロコロと変えることは、単なる軸のブレに過ぎません。
真の柔軟性とは、以下のような要素の上に成り立ちます。
- 市場動向や競合に関する緻密な情報収集とデータ分析
- 自社の強みと弱みを客観的に把握する自己分析
- 複数のシナリオを想定した入念な事前準備
現代のビジネスシーンにおける具体的な応用例を3つご紹介します
それでは、実際に「水のような柔軟な戦略」をビジネスの現場でどのように実践すればよいのでしょうか。ここでは、具体的な応用例を3つ取り上げ、現代の課題に即して詳しく解説します。
大企業の主戦場を避け、新たな領域を開拓するスタートアップの戦略
1つ目の具体例は、新規参入企業やスタートアップ企業が取るべき、ニッチ市場の開拓戦略です。資金力やブランド力で勝る大企業が支配的な地位を築いているレッドオーシャン市場において、同じ土俵で戦うことは、孫子の言う「実」に突撃するようなものです。
そこで、大企業が効率的ではないと判断して手を出さない狭いターゲット層や、まだ顕在化していない新しいニーズに着目します。
例えば、既存のITシステムが高機能すぎて使いこなせない中小企業向けに、機能を最小限に絞り込み、極めて低価格で操作が簡単なツールを提供するなどのアプローチが考えられます。
このように、大企業にとっての盲点(虚)を正確に突き、自社が有利に戦える地形(市場)を選んで流れ込むことは、まさに水のような戦略の典型例と言えます。
市場環境の激変に合わせて、組織の形を機動的に再構築するアプローチ
2つ目の具体例は、予期せぬ市場の変動に対して、組織構造やビジネスモデルを素早く変革する手法です。近年の感染症拡大による社会情勢の変化は、多くの企業にとって深刻な試練となりました。
この際、従来の対面販売や実店舗での営業に固執した企業が苦境に立たされた一方で、速やかにオンラインでのサービス提供やDX(デジタルトランスフォーメーション)へと舵を切った企業は、被害を最小限に抑え、あるいは新たな成長を遂げたとされています。
これは、「器(市場環境や生活様式)」の形が根本的に変わったことに気づき、自らの「水(ビジネスの形)」を新しい器に合わせて適合させた結果だと思われます。
変化を嘆くのではなく、目の前にある新しい地形に従って流路を見つけるという姿勢が、組織の生存確率を高める重要な要因となります。
多様化する顧客の価値観に寄り添う、柔軟なサービス提供体制の構築
3つ目の具体例は、顧客一人ひとりのニーズに応じたパーソナライズ化されたサービスの提供です。かつての大量生産・大量消費の時代においては、一つの標準的な商品を広く販売する画一的なアプローチが有効でした。
しかし現代では、消費者の価値観やライフスタイルは細分化し、企業に求められる役割も多様化しています。
マニュアル通りの画一的な対応しかできない組織は、次第に顧客の支持を失う可能性があります。
これに対して、顧客からのフィードバックを常に収集し、システムやサービス内容をアジャイル(俊敏)に改善し続ける組織は、水のように顧客の要望に滑らかに浸透していきます。
取引先や顧客の状況という「地形」に合わせて、自社の提供価値という「流れ」を最適化することで、強固な信頼関係を築くことが可能になると考えられます。
環境を観察し、最適化し続けることが持続的な成長に繋がります
本記事では、古典に学ぶ戦略論として、変化に強い組織やビジネスのあり方について解説してきました。全体を通して押さえておくべき重要なポイントは、以下の通りです。
- 軍や戦略には固定された正解はなく、常に状況に応じて変化し続けるべきであるとされています。
- 競合の強い部分を避け、手薄な弱点や新たな市場を見つけてアプローチすることが有効です。
- 市場のルールや顧客の価値観という「器」に合わせて、自社の形を柔軟に変える必要があります。
- 真の柔軟性は、確かな情報分析と原理原則の理解という基礎の上に成り立ちます。
自社の状況を客観的に見つめ直し、新たな一歩を踏み出してみませんか
現在、ご自身の携わるビジネスや組織の運営において、行き詰まりを感じていらっしゃる場合は、一度立ち止まって周囲の「地形」を観察してみてはいかがでしょうか。もしかすると、かつては最適だったやり方が、現在の環境という「器」に合わなくなっているだけかもしれません。
過去の成功体験という型を勇気を持って手放し、目の前の状況に対して素直な目で向き合うことで、水のように自然で無駄のない、新しい進むべき道が見えてくると思われます。
まずは、日々の業務の中で「当たり前」とされているルールや慣習を一つ見直すという小さなアクションから始めてみることが推奨されます。
柔軟な思考を取り入れ、変化を力に変えながら、しなやかにビジネスの大海を泳ぎ渡っていくことを願っております。